
モバイルバッテリーや電動アシスト自転車、倉庫のAGVやフォークリフト。現場で「バッテリーが増えてきたな」と感じている方は多いはずです。
ところが、リチウムイオン電池の火災を普通の火災と同じ感覚で見ていると、初期対応を誤ります。熱暴走という特殊な挙動を理解しているかどうかで、現場の指示内容がまったく変わります。
この記事のポイント
- リチウムイオン電池火災が増えている背景と、主な出火製品・場面を整理
- 熱暴走のステップと、普通の火災との決定的な違い(再出火・消えにくさ)を解説
- 現場の安全担当者が押さえるべき「見極めポイント」と基本的な消火方針を提示
リチウムイオン電池火災はなぜ増えているのか|統計から見る現状
まず、状況の規模感を押さえます。数字を見ると、感覚よりも深刻です。
東京消防庁管内では、リチウムイオン電池関連火災が2025年に382件と過去最多になっています。1日あたりにすると、おおよそ1件ペースでどこかでリチウム電池が燃えている計算です。
内訳を見ると、出火要因となった製品は以下の通りです(東京消防庁)。
- モバイルバッテリー:130件
- スマートフォン:43件
- 電動アシスト自転車:25件
現場感覚としても、事務所・倉庫・車両・休憩室など、ほぼすべてのエリアに「どこかしらにリチウム電池がある」状態になっています。特定の部署の問題ではなく、事業所全体の横断的なリスクになってきている、とイメージしてもらうのが近いです。
全国レベルで見ても同じ傾向です。総務省消防庁の全国調査では、モバイルバッテリー火災が290件から482件へ約7割増となっています。製品の品質が一気に悪化したわけではなく、単純に「数が増えたこと」「安価な製品が増えたこと」「扱い方が雑になりがちになったこと」が重なっていると考えるのが現実的です。
さらに重要なのは、東京消防庁の分析でリチウムイオン電池関連火災の約6割が充電中に発生していることです。つまり、
- 倉庫の充電ステーション
- 事務所のコンセント周り
- バス・トラック車内のUSB電源周り
- 保育園や学校のタブレット保管庫
といった「電源が集中している場所」が、火災リスクの“ホットスポット”になりやすい構造だと分かります。
普通の火災と何が違うのか|リチウムイオン電池火災の特徴
火災という言葉は同じでも、挙動はかなり違います。ここを押さえておかないと、消火器の選び方や避難指示がちぐはぐになります。
一般的な可燃物火災(木材・紙・布など)と、リチウムイオン電池火災の主な違いを整理すると次の通りです。
| 項目 | 普通の火災(木材・紙など) | リチウムイオン電池火災 |
|---|---|---|
| 燃える原因 | 外部の火種・高温による着火 | 内部の化学反応(熱暴走)で自ら発熱・着火 |
| 燃焼の広がり方 | 周囲の可燃物に炎が移って拡大 | セル内部からガス噴出→噴き出したガスに引火 |
| 消火後のリスク | 消火できれば基本的に鎮静 | 内部温度が高いと再出火リスクが継続 |
| 消火の考え方 | 酸素・可燃物・熱のいずれかを断つ | 内部温度を下げ続けることが特に重要 |
| 炎の見た目 | 黄色〜オレンジの炎が中心 | 白煙→白い炎や明るい光を伴うことがある |
普通の火災は「外から火がつく」のに対し、リチウムイオン電池火災は電池の内部が勝手に暴走して燃える、というイメージです。この「内部から自分で燃える」性質があるため、外から水や粉末をかけて一度鎮まっても、内部温度が十分に下がっていなければ時間差で再び燃え出すことがあります。
実際、東京消防庁も「リチウムイオン電池は熱暴走により消火直後も再出火の危険がある」と注意喚起をしています。現場では「炎が見えなくなった=終わり」ではなく、「内部温度が下がりきるまでが勝負」と認識を切り替える必要があります。
リチウムイオン電池の熱暴走の仕組みを3ステップで理解する
熱暴走(サーマルランナウェイ)という言葉は聞いたことがあっても、「何がどう暴走しているのか」を説明できる人は多くありません。担当者として上司や現場に説明できるレベル感で、できるだけシンプルに整理します。
ステップ1:内部で異常な発熱が始まる
リチウムイオン電池は、正極・負極・電解液・セパレータなどが層になった構造です。このどこかに異常が起こると、内部で想定外の化学反応が起こり発熱します。主なきっかけは次のようなものです。
- 過充電(規定以上の電圧まで無理に充電する)
- ショート(落下・変形・水濡れなどで内部が短絡)
- 外部からの加熱(炎天下の車内放置など)
- 製造不良や経年劣化による内部損傷
最初は「じわじわ温度が上がる」段階ですが、内部温度がある閾値(おおよそ100℃〜150℃以上)を超えると、電解液や電極材料が分解しやすくなり、そこから一気に反応が加速していきます。
ステップ2:熱とガスが連鎖的に増え続ける
温度が上がると、電解液や電極が分解して可燃性ガスが発生します。この分解反応自体がさらに熱を出す反応なので、
- 温度が上がる → 分解が進む → さらに熱が出る → もっと温度が上がる
という自己増幅ループに入ります。これが熱暴走です。
内部の圧力が高くなり過ぎると、バッテリーの安全弁やケースが破れ、白煙のようなガスが「シュー」「ボン」と噴き出すことがあります。ここが現場での大きな分かれ目です。
注意
東京消防庁は、リチウムイオン電池のガス噴出時には絶対に近づかないよう呼びかけています。噴出しているガスは高温であり、有毒である可能性もあります。
ステップ3:噴き出したガスに引火し、炎が吹き出す
噴き出したガスは可燃性です。周囲に火種(火花・高温の金属・静電気など)があれば容易に着火し、噴出口からバーナーのように炎が吹き出す形になります。この段階になると、
- 電池本体が燃える
- 周囲の可燃物(机・車内シート・段ボールなど)に延焼する
という二重の燃焼が起こります。
重要なのは、ここで水や消火器をかけて炎が収まっても、内部のセルがまだ高温のまま残っている場合があることです。内部でくすぶり続けているイメージに近く、時間を置いてから再びガスが噴き出し、二度目・三度目の燃焼を起こすケースがあります。
熱暴走があるとなぜ「消えにくい・再発しやすい」のか
熱暴走を理解すると、「普通の消火の感覚」とのズレが見えてきます。現場で混乱しやすいポイントを補足します。
表面が冷えても内部は高温のまま残る
モバイルバッテリーや電動自転車用バッテリーは、複数のセルがモジュール構造でまとめられています。外側から水をかけると、表面温度は比較的早く下がりますが、セルの内部まで十分に冷却されるには時間がかかることが多いです。
そのため、
- 見た目の煙や炎は止まっている
- 外装を触ると「まあまあ冷えている」ように感じる
という状態でも、内部ではまだ熱暴走が完全には止まっておらず、しばらくしてから再びガスが噴き出す可能性があります。
「酸素を遮断すれば良い」が完全な解決にならない
木材や紙の火災では、酸素を遮断することで消火できます。しかし、リチウムイオン電池の熱暴走は内部にある材料同士の反応が中心で、外部の酸素に依存しない部分があります。
粉末消火器で周囲の炎は抑えられても、内部反応の熱は残り得るので、「粉をかけたから終わり」とは言い切れません。火種が残った状態で再び酸素や可燃物が供給されると、再着火しやすくなります。
だからこそ「冷やし続ける」が重要になる
この性質を踏まえ、東京消防庁はリチウムイオン電池火災に対して次のような手順を示しています。
- ガス・炎が噴出中は近寄らない
- 安全な距離から大量の水や消火器で消火を試みる
- 十分な安全が確保できる範囲で、水を張った容器に水没させて冷却を続ける
- 119番通報を行い、消防の指示を受ける
ここでのポイントは「消すだけでなく、冷やし続ける」という考え方です。実務的には、
- 水をためておける大きめの容器を決めておく(防火水槽・プラ箱など)
- 倉庫なら、充電ステーション付近にホース・バケツなど水の確保手段を準備
- 車両の場合、退避・通報を最優先しつつ、車外の安全な場所に持ち出せるか判断
といった「冷却を前提にした設備と動線設計」が必要になります。
チェックリスト
- 事業所内で「リチウムイオン電池を多く置いているエリア」を洗い出しているか
- 充電中の火災を想定した避難・消火の手順を書面で整備しているか
- 「噴出中には近づかない」というルールが現場に周知されているか
- 水を張れる容器と、十分な水源の組み合わせを具体的に決めているか
現場担当者が押さえるべき「発火前兆」と初動の考え方
熱暴走は突然爆発的に進みますが、その前に「おかしいな」というサインが出ることも多いです。モバイルバッテリーや機器の使い方に関して、現場に伝えておくべきポイントを整理します。
リチウム電池の発火前兆としてよく出るサイン
よく見られる前兆として、次のようなものがあります。
- バッテリーやスマホが異常に熱い(触れないほど熱い)
- 本体が膨らんでいる・変形している
- 焦げ臭いにおいや、薬品のようなにおいがする
- 「ジジジ」「シュー」といった音がする
- 充電していないのに急に熱を持つ
この段階で使い続けたり、揺さぶったり、テープで固定してだましだまし使うと、熱暴走へのハードルを自分で下げているようなものです。現場では、「膨らんだら使用中止・回収」「異常加熱したらすぐ電源を抜き、可燃物から離す」といった具体的なルール化が必要です。
普通の火災との違いを踏まえた初動の優先順位
熱暴走の性質を踏まえると、初動の優先順位は次のように整理できます。
- 人の退避と119番通報:噴き出している段階では近づかない。延焼しそうな可燃物が周囲にあれば、人の退避を最優先。
- 距離を取っての初期消火:安全が確保できる範囲で、水や消火器で炎と周囲の延焼を抑える。
- 冷却の継続:鎮火しても油断せず、可能なら水没などで冷却を継続し、再出火を防ぐ。
普通の火災と違い、「燃えている場所に駆け寄って布で覆う」「一度消えたらその場を離れる」といった行動は、リチウム電池火災ではリスクにつながります。安全担当者としては、避難訓練や消火訓練の中で、リチウムイオン電池火災だけはルールが違うことを繰り返し伝えておきたいところです。
よくある質問
リチウムイオン電池火災にはどんな消火器を使えば良いですか?
現場の初動としては、東京消防庁が示す通り大量の水が有効です。水で冷却し続けることが熱暴走を抑えるうえで重要だからです。消火器については、建物や設備に備え付けられている粉末消火器や強化液消火器で周囲の延焼を抑えることができます。ただし、どの消火器であっても「一度消えたから終わり」ではなく、再出火の可能性を考えて冷却と経過観察を行う前提で運用する必要があります。自社にどの種類をどのくらい配置するかは、設置環境(充電設備の数・保管量など)を踏まえて消防や専門業者と相談して決めるのが現実的です。
モバイルバッテリーを車内に置きっぱなしにするのは危険ですか?
炎天下の車内はダッシュボード付近で70℃を超えることもあり、リチウムイオン電池にとっては厳しい環境です。高温状態が続くと内部劣化が進み、熱暴走のきっかけになるおそれがあります。特に、安価なノーブランド品や、すでに膨らみ・傷・変形のあるものを車内に放置するのは避けるべきです。日常的にバス・トラック・送迎車などで充電器を使う場合は、「使わないときはコンセント・USBから抜く」「炎天下での放置を避ける」といったルールを社内・園内で徹底することをおすすめします。
充電中に発火しやすいのはなぜですか?
統計上、リチウムイオン電池関連火災の約6割が充電中に発生しています。充電中は電池の内部でリチウムイオンが激しく出入りしており、発熱が生じやすい状態です。そこに過充電・不適切な充電器・接触不良などが重なると、内部でショートや異常反応が起き、熱暴走につながるリスクが高まります。現場では「長時間のつなぎっぱなし充電」「机の上に積み重ねての充電」「布や段ボールで覆われた場所での充電」を避け、放熱しやすい環境で見守れる範囲内の数を充電する、といったルールづくりが有効です。
まとめ
- リチウムイオン電池火災は東京消防庁管内で382件と過去最多となり、特にモバイルバッテリーやスマートフォン、電動アシスト自転車からの出火が増えています。
- リチウムイオン電池の熱暴走は内部の化学反応が自己増幅する現象で、普通の火災と異なり消火後も内部温度が高いと再出火するリスクが残ります。
- 現場では噴出時に近寄らないこと、大量の水や消火器で消火しつつ水没などで冷却を続けること、充電中の火災リスクを踏まえたルール整備が重要になります。
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